July 15th, Democracy and National Unity Day

Today

  今年で5年が経ちましたが、全国ではさまざまな行事が行なわれたようで、TRT(トルコ国営放送)では以下のような記事が出ています。(以下、全て引用。)
 

  ・首都アンカラ県では、7月15日クズライ国民の意思広場で「民主主義の夜警」が行われた。
  ・7月15日クズライ国民の意思広場は2016年7月15日にテロ組織フェトが謀反を起こしたとき、謀反集団に立ち向かった広場のひとつだった。
  ・警察官51人が殉国したギョルバシュ特殊部隊本部では追悼行事が行われた。
  ・ トルコ北西部ヤロワ県ではアルトゥノワ市の主催で600メートルの長さのトルコ国旗と共に盛大な行進が行われた。
  ・イスタンブール空港の航空管制塔は、「7月15日 民主主義と国民団結の日」を記念して、トルコの国旗が映し出された。
  ・イスタンブール県のガラタ塔とアヤソフィア大礼拝堂(アヤソフィア・ジャーミイ)では、特別なライトアップが行われた。
  ・ヤウズ・スルタン・セリム橋は、「7月15日 民主主義と国民団結の日」を記念して、赤と白にライトアップされた。
  ・イスラムの礼拝堂ブユク・チャムルジャ・ジャーミイには「殉国者よ、安らかに」というメッセージが掲げられた。
  ・謀反が起きた晩、団結と一体の象徴となったイスラムの礼拝堂からの呼びかけの声が、その時の時間である7月16日0時13分(トルコ時間)に合わせて、国中のイスラムの礼拝堂から響いた。
 

※二段落目のテロ組織フェトはFETÖと同義。五段落目に「国民団結の日」と表記されているが、英語ではunityであり、私の翻訳と同義。
  このように風化されることなく、7月15日の記念日には多くの国民による、殉職者を弔い、国民の一致団結を喚起する行事がみられます。 

Politics and Religion

  このパラグラフは少し余談になるので、もし時間がよろしければご覧になってください。ここではトルコの政治と、上にも記したギュレン派と宗教について簡単に話します。
  まずトルコの政治ですが、トルコを建国したのはご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、ムスタファ・ケマル、別名アタテュルク(「建国の父」の意。なお、以下ケマルと呼ぶ)です。彼が共和国建国の際に掲げた六つの方針が「共和主義・国民主義・人民主義・国家資本主義・世俗主義・革命主義」です。これは憲法にも記されています。今回重要となるのは、この中にある世俗主義です。トルコはムスリムの国家と思われがちですが、国家の方針として世俗主義、いわゆる政教分離を導入しています。そしてケマルは人出身なので、政権がムスリムに対し寛容な姿勢をとったとしても、軍部は世俗主義を強く意識する傾向にあります。また軍部の影響は共和国の歴史上強く、文民統制が取れていないことが長い間問題ともなっていました。
  かわって、次はギュレン派について説明します。ギュレン派はフェトゥッラー・ギュレン師を指導者とする組織であり、穏健派とみなされていました。約160カ国に学校を開き、布教および啓蒙活動を行なっていました。1980年に軍事クーデターが起きた際はギュレンに逮捕状が出されたり(結局その後取り消された)、危険視されるようになりました。一方、2002年に親イスラム派である公正発展党が単独政権をとると、ギュレン派はそれを利用し多くの分野で幅を利かせるようになりました。ゆえに軍部にもギュレン派が多く所属するようになりました。先述したように政治的な指向が異なるがために溝を深め、今回紹介した事件につながったのです。
  このように、憲法に世俗主義の文言があるにせよ、トルコの政治と宗教は深く関わっています。公正発展党も親イスラム派なので、軍や上級裁判所などから非難もありました。また、2018年には議院内閣制を廃止、大統領制に移行、よってエルドアンの大統領としての権限が拡大されました。アヤソフィア大聖堂の「モスク化」はその象徴であるかもしれません。 

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